はじめに
Java の Optional
や Stream
を使ってコードは書いているものの map
や flatMap
って何者だろう、
for
文でも同じことできるよね?と思っている人向けに Optional
、Stream
と同じ機能を提供するコードを実装しながら Functor へと誘う記事を書いてみる。
この手の記事は世の中にたくさん出回っている。何故たくさん出回ってしまうのかと言えば最初の一歩が難しく、挫折してしまう人が多いからだと思う。また、自身の理解度を高める上でアウトプットとして技術記事を書くのは有効な手段なので、それを実践しているというのもあるだろう。
それでも本記事を書くのは、巷に溢れる関数型プログラミング由来の概念の解説記事を読んでもなんのこっちゃとなってしまった人向けにより優しい入門が必要だと思ったからだ。そのため、用語や数学的な概念部分において厳密さを求めていない。また、単に Functor を解説するのではなく、Functor に辿りつくまでに寄り道をしつつ目的地まで進むので諸々のことを知っている人には回りくどく感じてかもしれない。
想定読者
- Java 21 の基本的な構文が理解できる人 (17 を知っていれば雰囲気で読む分には困らないはず)1
Optional
を使ったコードを書いているけどその背景を知らない人- 触ったことがない言語 (Scala) のコード例が出てきても問題ない人 (構文の解説あり)
解説のため具体的なプログラミング言語として Java、Scala を用いるが、何かしらのプログラミング言語を一つでも使えるレベルまで習得している人であれば理解できるように努めたい (願望)。
map
を理解するまでの道のり
本記事は次の流れで進行する。
- Java で
Optional
に似たMaybe
クラスを実装 Maybe
にmap
メソッドを追加- Java で
Stream
に似たLazyList
クラスを実装 LazyList
にmap
メソッドを追加map
に望むことFunctor
の導入Scala
でMaybe
、LazyList
を実装- 型クラスの導入
- ふりかえり
- そして
Monad
へ続く (次の記事[予定])
Java で Maybe クラスを実装
はじめに Maybe
という名前でよく知られているデータ構造を Java で実装する。このデータ構造は Maybe
という名前の他、Option
や Optional
と呼ばれることが多い 2。
Maybe
🤔 初めて聞いたな、という人は Java の Optional
のようなものだと思ってもらって大丈夫だ。ただし Optional
とは異なり、値が null
になっても Optional#empty()
のような値が存在しないことを表現する値へ変換はされない。
Maybe
は、Optional
と同様に値が存在する、もしくは値が存在しないの二つのパターンを表現する。
Optional
では存在する場合と存在しない場合を表現するインスタンスが内部クラスに隠れてしまっているため意識することはなかったかもしれないが、値が存在する場合はフィールドに value
という変数で値を持つ Optional
のインスタンスと、value
に null
が代入された Optional
のシングルトンインスタンスの二つでそれぞれ表現している3。
Maybe
では Just
で値が存在する場合を表現し、Nothing
で値が存在する。最初の実装は次のようなコードとなる。
Java 17 に慣れていない人は sealed
(シール) というキーワードを初めて見るかもしれない。簡単に説明すると sealed interfaces は同一クラス内でのみ拡張または実装されることを強制することができる。今回の場合は、Maybe
を実装するのは同一ファイルに定義された Just
、Nothing
レコードのみでそれ以外のインターフェースを継承、クラスやレコードで実装することはできない。また、sealed interfaces では合わせて pertmis
というキーワードも新たに導入されているが使っていないため説明は省略する。気になる人は Oracle の解説を参照のこと。
話を戻そう。Maybe
、Just
、Nothing
の定義は簡単だ。これだけでも一応使える。
jshell
を起動して Maybe
クラスを読み込んだ後、次のコードを実行してみて欲しい。
実行結果
Maybe
には何のメソッドも用意されていないが、値が存在すること、値が存在しないことを表現できているのがわかるだろう。しかし、それは何も特別なことではなく、値が存在すればレコード (Just
) のコンストラクタに渡してフィールドに値を持たせ、値が存在しないければフィールドを持たないクラス (Nothing
) のインスタンスが生成しているだけに過ぎない。それ以上でも、それ以下でもない。これにて閉廷!
とはならない。次の話に進む前に今の実装は少しばかり不便なので Maybe
インターフェースにメソッドを追加する。
気を取り直して次のような場面を考えてみよう。ここに 2/3 の確率で鳴く猫がいる 🤔。
この猫が鳴いたときだけ鳴き声によって Meow World
もしくは Mew World
という文字列を作りたい。さて、どのようなコードを書けばどうすればよいだろうか。愚直に書くなら次のようなコードになるだろう。
猫が鳴いていたときだけ末尾に World
を付けたいだけなのに…なんだが凄いことになっちゃったぞ。
毎回これをやらねばならぬのか?
Maybe
に map
メソッドを実装
その日人類は思い出した。
Maybe
に支配されていた恐怖を…
Maybe
の中に囚われていた屈辱を……
Maybe
の中身に触ろうとする度に swtich
式を書くのは現実的ではない。我々は既に解決方法を知っていたはずだ。Optional
でいうところの map
メソッドがあればいいということを。早速 Maybe
に map
メソッドを追加してみよう。
やるんだな!?今!ここで!
Maybe
はインターフェースなので map
メソッドのシグネチャだけを宣言し、Just
、Nothing
にそれぞれ実装を任せることにした。実装の中身に難しいところはない。Just
ではにフィールドの value
に引数で受け取った mapper
を適用し、計算結果を持つ Just
のインスタンスを改めて生成している。
Nothing
の場合は、返り値の型パラメータを U
にする必要がある関係で Nothing
をインスタンスを作り直している。ここでは、インターフェースでメソッドを宣言し、Just
、Nothing
で実装する方式を採用したが、次のような実装をしても問題ない。
しかし、オブジェクト指向の考えに従うのであれば前者の方が自然な実装だろう[要出典]。
さっそく 2/3 の確率で鳴く猫のコードを map
で書き直してみよう。
先ほどのコードを比べると一目瞭然。書きたい処理が明確に表現できている。また、ご存知の通り map
メソッドは汎用的に用いることができるため、
Maybe
が持つ値の型に依らず値が存在するときだけ存在する値に処理を適用することにフォーカスしてコードを記述できる。
最初の目標である Maybe
の map
メソッドの実装まで行ったので次に LazyList
に話を移そう。
Java で LazyList
を実装
ここで実装する LazyList
は Java でいうところの Stream
に似たデータ構造だ。ただし、Stream
とは違い今から実装する LazyList
は更に計算を遅延する。
map
を説明するための例として LazyList
を採用したが二分木くらいにしておくべきだったかと少し後悔している。
Optional
と比べると複雑になってしまい、本質的でない部分が多くなってしまった。この手のコードに見慣れていない人にとってはスラスラ読めないかもしれないが難しいことをしているわけではないので一つずつ理解していって欲しい。
さっそく LazyList
の実装に入ろう。LazyList
の基本的な構造は連結リストと同じだ。連結リストとの違いはコンスセルで値とリンクを直接持つのではなく、必要になって初めて計算される仕組みを提供する CallByNeed
として持つ。
CallByNeed
については LazyList
の実装の後に見る。まずは LazyList
の実装を確認しよう。
Mabye
で行ったようにインスタンス生成を補助するために二つの静的メソッド cons
、nil
も一緒に実装している。
CallByNeed
が気になるものの、連結リストを実装したことがある人にとっては馴染みのあるデータ構造となっているだろう。
CallByNeed
(必要呼び)
次に CallByNeed
の実装を見てみよう。こちらも LazyList
と同様にインスタンスの生成を補助する静的メソッド of
、lazy
なので気にしなくて問題ない。
ClassByNeed
クラスはコンストラクタで Supplier
を受け取ってフィールドで値を持つ。
Supplier
は呼ぶと値が返ってくる get
メソッドを定義する関数型インターフェースだ。これにより、コンストラクタで受け取った段階では値を求める計算は発生せず、CallByNeed
の get
メソッド内で初めて Supplier
の get
メソッドを呼んで値を取り出している。
Supplier
と CallByNeed
の違いとして、Supplier
は呼び出される度に get
メソッド内の処理がすべて実行されるが、
CallByNeed
ではコンストラクタで受け取った Supplier
の get
メソッドが一度でも呼ばれると二回目以降は一回目の値をキャッシュして返す。
この違いは次のようなコードを書くと一目でわかる。
Supplier
、CallByNeed
で文字列を標準出力に出力するような処理を渡してそれぞれの get
メソッドを二回呼び出す。この実行結果は次のようになる。
supplier
は supplier called
を 2 回出力しているのに対して callByNeed
は 1 回だけ callByNeed called
を出力している。このように callByNeed
は 1 回だけコンストラクタに渡された Supplier
の get
メソッドを呼び、2 回目以降はキャッシュした値を返す。少しだけ賢い (?) Supplier
だと思えばよさそうだ。
CallByNeed
について理解したところで LazyList
のインスタンスを生成してみよう。
よし、生成できた。でも中身がわからない 😝
中身を視覚的に確認できないのは困るので LazyList
から Java 標準の List
へ変換するメソッド toList
を追加しよう。
ここでは LazyList
の要素を先頭から辿りながら ArrayList
に追加していき、最後に変更不可のリストにして返すように実装した。さっそく先ほどの toList
を使って LazyList
を目に見える形に変換しよう。
ちゃんとリストに変換できているようだ。
LazyList
に map
を実装
準備もできたことだし LazyList
に map
メソッドを実装してみよう。
CallByNeed
を使っているためセルの値やリンクを取り出すときは get
メソッドを呼ばないといけないが、コンスセルの値に対して引数で受け取った関数 (mapper
) を適用し、後続のリストに対しては map
を再帰的に呼び出している。その後、それらの値を持つ Cons
を新たに生成している。新しいコンスセルの値、リンクのいずれも計算を CallByNeed
によって遅延しているため map
を呼び出した時点では一切計算されない。そして、終端である Nil
の map
メソッドの実装では何もせずに Nil
のインスタンスを生成して返すだけだ。
さっそく LazyList
の map
を使ってそれぞれの要素を 2 倍してみよう。
LazyList
のままだと中身を確認できないため最後に toList
を呼んで List
に変換している。
これだけでは計算が遅延されていることが確認できないため、次のようなコードを考えてみよう。
それぞれの要素を 2 倍した後に 1 を足している。また、その過程で計算内容を標準出力に出力している。このコードを jshell に渡してみよう。
Stream
と同じようにこの段階では map
に渡した関数内に書かれた標準出力への出力処理は行なわれない。
$7
に対して toList
を呼び出し、LazyList
を List
に変換したタイミングで初めて実行される。
また、出力を見るとわかるが * 2
、+ 1
の順番で先頭から計算されていることがわかる。つまり、Stream
と同じようにリストの走査は 1 度だけ行なわれる。
さて、ここからが Stream
と異なる部分になるが Stream
は一度 toList
を呼ぶと 2 回目の呼び出しで例外がスローされる。これはメモリ効率的にはよくなっているが、既に呼び出されているかを気にせずに扱いたい場合には少しばかり不便だ。一方、LazyList
は toList
を複数回呼び出しても問題ない。
toList
の実装から明らかではあるが、呼び出す度に新しいリストを生成するため効率はよくない。
実行結果を見るとわかるが、各セルの値は最初の toList
を呼んだタイミングで一度計算されているため、 2 回目以降に map
で渡した処理が実行されることはない 💪
話が map
から離れてしまったので LazyList
と戯れるのはこのくらいにして前に進もう。
map
に望むこと
さて、Maybe
と LazyList
の map
という名前のメソッドを実装したが map
メソッドとは何だったのだろうか。もう一度 map
メソッドのシグネチャを思い出してみよう。
さて、どちらも似たようなシグネチャをしており、Maybe
も LazyList
も型変数を一つだけ受け取るような型で map
メソッドは Maybe
、LazyList
の持つ要素を引数で受け取った mapper
に渡して T
型の値から U
型の値に変換している。もし、この二つをより一般的に定義できるのであれば、オブジェクト指向的に考えると Maybe
、LazyList
はいずれも map
というメソッド操作を行えるという性質を持つということだろう。こういう場合、オブジェクト指向プログラミング言語ではインターフェース (抽象型) を用いて実現しようとする。それでは、map
メソッドを持つインターフェースを Mappable
と名付けて Java で表現できるか考えてみよう。
Java で無理矢理 Mappable
を定義して Maybe
で実装すると次のようになるだろうか。
Java では高階型が使えないため F
という型を一つ受け取る型を定義してそれを使って Mappable
を定義している。よりよい定義の方法があるように思うが、今はこれで満足しよう。この辺の話が気になる人は Java で higher kinded polymorphism を実現する #Java - Qiita を読もう。これで map
メソッドを持っている、という性質を Mappable
というインターフェースで表現できた。
インターフェースに落とし込めたところで改めて map
の定義について考えてみる。インターフェースが定めるのはあくまでメソッドのシグネチャだけでその定義まで制限することはできない。そのため、Maybe
の map
の実装は次のようになっていてもコンパイルできるか、という点では何も問題ない。
ここで map
メソッドは Just
であっても Nothing
であっても常に Nothing
を返す。このようなコードであってもコンパイルは通る。しかし、実際のプログラミングで何か役に立つようなことはないだろう。つまり、map
メソッドは単にシグネチャを満たす以上の何かがなければならないようだ。これは map
に限った話ではなく、インターフェースが定義するメソッドの実装をするとき、その実装はインターフェースを定義したときに想定される何かしらの機能が実現されることを実装に対して望む。それでは map
が望む何かしらの機能とは何だろうか。
Maybe
、LazyList
の二つの例から得られる直観は、コンテナのようなもののすべての要素に対して引数で受け取った関数を適用するメソッドだろうか。もしそれが正しいと仮定したとき、その性質を厳密に定めることはできないだろうか。
Functor の導入
そこで導入されるのが Functor (関手) だ。Functor は圏論に由来する概念だが、プログラマにとっての Functor は前述の Mappable
の実装に制限を加えたものになる。その制限は Functor 則と呼ばれており、次の 2 つのことを指す。ここではかなり緩い説明になっているため厳密な定義を知りたい場合は他のサイトや書籍をあたって欲しい。また、説明の都合から Java によるコードを用いているため、数学的には厳密な説明ではない。
-
恒等律の保存
Loading code...この式は「
fa
のmap
に恒等関数を渡した結果 (左辺)」 と「fa
に恒等関数を適用した結果 (右辺)」は任意のfa
について等しいようにmap
は定義されなければならない、と言っている。つまり、恒等射をmap
に渡してもfa
の持つ値は変わらないようにmap
を実装せよ、ということだ。 -
合成の保存
Loading code...この式は「
fa
のmap
に関数f
、g
の合成を渡した結果 (左辺)」と「fa
のmap
にf
を渡した結果に対してmap
を呼び出してg
を渡した結果 (右辺)」は任意のfa
、f
、g
について等しいようにmap
は定義されなければならない、と言っている。つまり、map
の中身に合成された関数を適用した結果と、合成されている関数を別々にmap
に渡しても結果は常に同じくなるように実装せよ、ということだ。
ここで fa
は Maybe
や LazyList
のような map
を実装するクラスの任意のインスタンスを表している。これら二つの規則を満たすような map
を実装している Maybe
や LazyList
は Functor と呼ばれているものになる 4。
さて、この二つを map
が満たすか、という視点で Maybe
の役に立たない map
の実装を思い出してみよう。
Just
、Nothing
のいずれも Nothing
を返す実装では恒等律を満たさないことに気がつくだろう。具体的に Maybe.just(1)
を考えると、左辺は次のようになるが、
右辺は、次のような結果となる。
当然これらは等しくないため恒等律は満たされない。
つまり、常に Nothing
を返すような実装では Functor としての実装にはふさわしくなかったということだ。
それでは最初に実装した Maybe
の map
や LazyList
の map
はこれらの規則を満たしているのだろうか。それは読者であるみなさん自身で確認してもらいたい。
Functor とは何か、ということを Java を使って説明した。本記事では Maybe
や LazyList
を使って説明したが Functor 則を満たしつつ、map
のようなメソッドを実装できるデータ構造はいくらでもある。普段のプログラミングで使っている型を思い出して、あれも実は Functor
なのではないかと考えを巡らしてみよう。そうするといたるところに Functor が潜んでいることに気がつくだろう。
Java 標準の ArrayList
に対しても Functor 則を満たすような map
メソッドが定義できることは LazyList
の例からも明らかだろう。しかし、ここで一つ問題がある。Mappble
のようなインターフェースを実装させる方法では既存のクラスに map
メソッドを追加することができない。そのため、次のような static
メソッドとして実装するか、
map
を持つようなクラスに変換 (Java 標準の Stream
のように) しなければならない。それを既存のクラスに入れて回るのは大変なので Java 標準では map
のような操作をしたければ Stream
を経由して行うことになる。値を ArrayList
で持っていたとしても map
を使いたければ計算を遅延することが目的でなくとも stream
メソッドを呼んで Stream
に変換した後、toList
メソッドや collect
メソッドを使って List
に戻す、ということをしなければならない。これは標準ライブラリのクラスに対してだけでなく、誰かが作ったクラスに Functor 則を満たす map
が定義できる!、自分が過去に書いたクラスに Functor 則を満たす map
を定義できる!と思ったときに同じような悩みが発生する。
これまで見てきたように map
は Maybe
や LazyList
のようなデータ構造に対して中身を取り出すことなく関数を適用するような操作を提供してくれる便利な操作だ。しかし、Java で同じようなことをしたいと思ったら障害が多い。それでは Haskell や Scala をはじめとする Functor を活用している言語では map
のような操作をオブジェクト指向で言うところの抽象データ型とは異なるアプローチで実現している。
ここからは Java の世界から Scala の世界に足を踏み入れてみよう。
One more thing...
Functor について知ったところで Java の Optional
を思い出してみよう。そこで問題。
Q.
Optional
は Functor だろうか?
答え
A. Functor ではありません 👎
理由は考えてみてください。ヒントとして null
が絡んだ場合の合成を考えると、合成の保存が成り立たない例を見つけられるでしょう。
Scala で Maybe
、LazyList
を実装
ここから先は Scala 3 のコードを使って説明する。 Java では型クラスと呼ばれる言語機能を提供していないからだ。型クラスの基本的な仕組みについては 香川大学の講義資料 (?) が参考になるだろう。こちらの資料で説明しているのは Haskell の型クラスとなっている (Scala も同じように型クラスを処理しているかはわからない)。この記事を読む上では知る必要のないことなので、気になった人は後で調べてみて欲しい。
Java では jshell を使ってシェル上でコードを試していたが、ここからは Scala CLI 上でコードを実行する。手元に Scala の実行環境を用意するのが面倒な人は Scastie にコードを貼って動作を確認して欲しい。 Scala CLI の使い方については、日本語の記事だと 初心者向け: Scala CLI で Scala をはじめよう - Lambda カクテル が参考になる。
さっそく Java で定義した Maybe
と LazyList
を Scala で実装してみよう。
Maybe
Maybe
の Scala による実装は次のようになる 5。
Java にも sealed
キーワードや record
が導入されたため、このあたりの Scala と Java のコードは以前よりも大分似てきている。
Maybe
の map
については後で実装するので先に LazyList
の Scala による実装も見てみよう。
LazyList
Scala での LazyList
の実装は次のようになる。
Scala では標準ライブラリに LazyList
が存在しているため、ここでは MyLazyList
という名前で定義している。
Java との違いとして toList
でのパターンマッチと lazy val
というキーワードだろうか。
Scala では Java の switch 相当の機能は ... match { case ... => ...}
という形で書く。基本的な構造は Java の swtich と同じなのでキーワードが違うことがわかれば読めるでしょう。ここで Java と違うのは cons @ Cons(_, _)
という書き方だ。
@
の左側にマッチしたパターン全体を束縛する変数を書き、マッチさせるパターンを @
の右側に書く。
_
は束縛しない変数を表す。つまり this
が Cons(_, _)
というパターンだったら Cons(_, _)
が cons
に束縛されて =>
の右側のコードが実行される。
toList
は Java では ArrayList
に詰めていくような実装をしていたが、ここではリストを連結していくような実装にしている。ここでは楽をするためこのような実装としているが、リストが長くなるとスタックオーバーフローが発生するため遊びのコード以外では書かないように。
型クラスの導入
さぁ、ここからが本題。Scala で実装した Maybe
、MyLazyList
に map
を実装するわけだが、Java とは違い型クラスを使い実装していく。型クラスって何ぞ?と思うかもしれないが今は Java にはない言語機能の一つだと思ってもらえればいい。
Functor
型クラス
Scala で Functor をコードに落として込むと次のようになる。
これは解説が必要だろう。trait
は Maybe
や MyLazyList
の定義でも出てきたが Java で言うところの interface
と同じような意味のキーワードだ。
trait Functor[F[_]]
は Java で表現するなら interface Function<F<?>>
のようになる。
Java では型を受け取る型を定義できなったが Scala ではそのような型を扱うことができる。このような型を受け取る型を高カインド型という。高カインド型についてより知りたい人は 関数型言語で登場する高カインド型(Higher-Kinded Types; HKT) と(_ -> _) -> *みたいなやつの早わかりメモ - Lambda カクテル が参考になるだろう。
ここで F[_]
は Maybe[T]
や MyLazyList[T]
のような任意の型 T
を受け取る型である Maybe
、MyLazyList
を変数 F
として扱うことを宣言している。つまり、Functor
は任意の型を受け取る型について定義されるということを表現している。
次のキーワード extension
は既存の型を拡張するために使われる。ここでは F[A]
型の値について map
メッドを追加することを宣言している。
A
は任意の型で map
はこれまで見てきたシグネチャと同じだ。ここだけ見ると fa
が使われていないためどのように使われるかわからないが、ここではシグネチャを宣言しているだけに過ぎないので実際の使われ方は後からこの後に解説する。
TypeScript の関数の型も引数の名前がシグネチャに含まれて宣言されるが、それと同じようなものだと思ってもらえればよい 6。
extension
についてより詳しい解説が欲しい人は公式ドキュメントを参照して欲しい。
これだけ見ると Java の interface
と変わないと思うかもしれないが Functor
を使って Maybe
や MyLazyList
に map
メソッドを追加する方法が異なる。
Java では interface
を implements
を使って実装するしかなかったが Scala では違う方法で Maybe
や MyLazyList
に map
メソッドを追加する。それでは Maybe
の例から見てみよう。
Maybe
Functor
Maybe
Functor の実装は次のようになる。
ここでは型クラスのインスタンス 7 を定義している。
Java で Maybe
の map
を実装する方法を二つ紹介したが Maybe
インターフェースのデフォルト実装と似ているため説明は不要だろう。コードの構造に着目してみると Functor
で宣言したシグネチャの F
の部分を Maybe
で具象化し、map
の中身を埋めている、という関係がわかるだろう。
trait
が given
になり :
が with
になっている。インターフェースに対するクラスの実装と似たような関係だ。
さて、問題になるのはこれを定義すると何ができるか、だろう。 REPL でここまでのコードを読み込んでみよう。
そして次のコードを実行する。
なんと、Just
(Maybe
) には map
メソッドが定義されていないにもかかわらず map
メソッドを呼ぶことができた。これが型クラスによるポリモーフィズム。オブジェクト指向プログラミング言語では、継承によってポリモーフィズムを実現するが、Scala では継承の他に extension
と given
の組み合わせによる型クラス相当の機能もサポートしているためこのようなことができる。
このように Scala では異なる型を持つクラスに共通の操作を持たせたい場合、既存のクラスに手を加えることなく後から追加できる。これは継承によるポリモーフィズムにはない利点だ。継承ではクラスを定義する段階で想像できていた方法でのみ型を分類 (階層化) できるが後から定義済みのクラスに対してメソッドを追加することができない。そのため、あるクラスに Functor 則を満たす map
が定義できることに気がついたとしても、クラスの定義段階で提供できなければ、そのクラスを継承したクラスを作るか、記事内で触れたように static
メソッドとしてクラスに紐付かない方法で実装しなければならない。
同じことの繰り返しになるが無理矢理クラス図を使って説明しよう。ぼくらの手元には次のよう二つのクラスがあった。
そして、これら二つのクラスにはシグネチャの似た map
というメソッドが定義できることに気がついた。これをオブジェクト指向プログラミング的に表現するには、継承によって Functor 則を満たすような map
メソッドを持つ、ということを継承関係で表現した。
Java でこの関係を表現するためには、クラス図でも表現されているように Maybe
や LazyList
は Functor
インターフェースを実装するように書かないといけなかった。一方、型クラスがサポートされている言語であれば、Maybe
や LazyList
とは関係ないところで型を分類し、それらが Functor
則を満たす map
という操作を持つことを表現できる。
Functor
という型の分類があるのであれば、それに従ったインスタンス (図中の FunctorInstances) を定義していくことで既存の型に新しい操作を追加できる。
書きたいことを書き尽してしまったが、次に進む前に一応 MyLazyList
の Functor
インスタンスも見ておこう。
MyLazyList
Functor
MyLazyList
の Functor
インスタンスは次のようになる。
ここまでの説明が理解できていればコードが読めるはずだ。 REPL での実行結果も見ておこうか。
Maybe
と同じように map
が MyLazyList
に生えていることが確認できた。
ふりかえり
長い旅もここで終わり。これまで見たものをふりかえってみよう。最初に Java で Maybe
、LazyList
を実装し、それぞれのクラスに map
という名前のメソッドを追加した。その後、map
メソッドのシグネチャが似ていることに気づいて Mappable
というインターフェースで map
という操作を持つ、という性質をコード上で表現した。そこで一度立ち止まり、map
メソッドが満たしていると好ましい性質について考え、Functor 則を学んだ。
Functor は便利な概念ではあるものの Java で表現するには限界があるため Scala による再実装を通して型クラスによるポリモーフィズムについて見た。
さて、ここで記事の冒頭に戻ろう。
Java の
Optional
やStream
を使ってコードは書いているもののmap
やflatMap
って何者だろう、for
文でも同じことできるよね?と思っている人向けにOptional
、Stream
と同じ機能を提供するコードを実装しながら Functor へと誘う記事を書いてみる。
ここまでの説明を受けて map
は for
の代わりだろうか。
Java の Stream
やこの記事で扱った LazyList
に対する map
の実装は for
と似かよっているように思えるが Functor 則を思えば Stream
や LazyList
にとっては for
の代わりのような操作であったに過ぎないことがわかるだろう。一般的には 文脈 (context) と呼ばれるもので説明されるがそれについては別の記事で扱う。
そして Monad
へ続く
Functor について理解できたら次は Monad
に進んでみよう。
Functor では Maybe
や LazyList
の中身に対して関数を適用できた。しかし、これだけではまだ不都合なことが起きてしまう。例えば、Maybe[Int]
に対して f: Int => Maybe[Int]
のようなシグネチャを持つ関数を適用するとどうなるだろうか。その結果は Maybe[Maybe[Int]]
という型を持つ値になる。そうするとその結果に対して map
したいとなったとき g: Maybe[Int] => ...
というシグネチャの関数でなければ適用できなくなってしまう。
Maybe
がどんどん積み上がっていってしまうし、コードも無駄に長くなるため本質的な部分が埋もれていく。
そこで Monad
という考え方の出番だ。Monad
がこの問題を解決してくれる。
Monad
については記事を分けて書こうと思っている。
おわりに
記事が長くなってしまい途中で飽きて説明が雑になってしまった。知っている人向けの説明になってしまっているところもあるのでその部分については今後改善していこうと思う。
Functor を説明するという目的に対して遠まわりだし、やたら仰々しくなってしまったが、抽象的な解説ではなく具体的なコードで一から (?) 説明できたのではないだろうか。関数型プログラミングに慣れ親しんだ人ではなく、これまでオブジェクト指向プログラミングにしか触れてこなかった人に異なるプログラミングパラダイムの雰囲気でも感じられたら目的は達成できたということで、今日はここで終わる。
厳密な説明はしないとは言うけどそれはどうなのよ?ってところがあればコメントで指摘してもらえるとありがたいです。
Footnotes
-
当初は Java 17 の範囲で解説しようとしたが
switch
式のパターンマッチが貧弱で断念 ↩ -
https://github.com/openjdk/jdk21/blob/master/src/java.base/share/classes/java/util/Optional.java ↩
-
圏論における関手は圏の対象と射をここで説明した性質を満たしつつ別の圏に移す対応付けのことを指す。プログラミングにおいて関手を考えるとき、対象は型のことを指し、射は関数のことを指す。詳しくは Hask 圏で検索検索ゥ! ↩
-
あとから気がついたが
enum
を使った実装の方が Scala 3 としてはいいのかもしれない。Scala 2 から頭の中をアップデートできていない弊害か…。 ↩ -
関数の型の宣言 (function type declaration) | TypeScript 入門『サバイバル TypeScript』 ↩
-
この文脈におけるインスタンスはオブジェクト指向プログラミングでいうクラスのインスタンスとは異なる。型クラス (ここでは
Functor
型クラス) に所属するデータ型 (Maybe
やMyLazyList
) のことを指している。 ↩